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【海外渡航準備】渡航までの長すぎる道のり〈後編〉|つぶやき

コロナ関連
この記事は約6分で読めます。

前編をお読みいただいたみなさん、ありがとうございます。

まだの方はこちらからどうぞ。

既に前編で4章お伝えしてきましたが、今回は更に+4章、全部で8章まであります。

では、早速「やばさの増した後編」に参りましょう~!

渡航までの長すぎる道のり #後編

事件簿 #5|嘘と失踪

無事に英文の婚姻証明書を手にした夫。

すぐに社内担当者(仮名:ミスターX)と連携し、ビザ申請手続きを開始。9月中旬のことです。

夫は毎日のようにミスターXとやり取りをしてくれ、遂に申請完了との朗報が。ほっ。

通常1週間程度で帯同ビザが下りる、と聞いていたので、「あとは待つだけ」「やっとこの日が来たか」と、久々に明るい気持ちで1週間を過ごしました。

が、1週間経過しても連絡がない・・・うーん

まあ、コロナもあるし、+2-3日はあり得るかと気を取り直して待ってみるも連絡なし・・・

さすがに不安になって、夫に再度確認をしてもらいました。すると、

ミスターX がコロナ禍の在宅ワークで鬱になった。
そして、突然仕事を辞めた。

とのことです。

これを聞いて私がまず最初に思ったのは

「え、彼大丈夫かしら?!」
「コロナでひとりで自宅だと鬱にもなっちゃうよね」

と、心配する気持ちでした。

が、夫の説明は続きます。

既にビザ申請済みと言っていたが、実は嘘だった。
何も申請していなかった。

「・・・・・・??????」

今となっては、正気を失ってしまうほどミスターXは酷い鬱になっていたのかもしれない、と思うけれど、これを聞いた当時の私にそんな余裕はない。数秒前の優しい心がどっかに吹っ飛びました。

10日間我慢して待ったのに。1日でも早く行きたいと願っているのに。責任放棄じゃないか。

結局、ミスターX の上司(人事部長)が直接謝罪のメールをくださり、なんとか9月末に申請手続きが完了しました。

事件簿 #6|理不尽な逆ギレ

さて、信じられないような事件はあったものの、いよいよ「本当に」待つだけの状況になりました。

この頃、ネットで情報を集めてみても、人事部長の話を聞いても、大抵1-2週間以内には帯同ビザの許可が下りている、とのこと。実際、MOMのホームページにも「Within three weeks」と書いてある。

よしよし、これで順調に行けば10月中に渡航できるな、と思いました。

が、連絡が来ない・・・

人事部長は前章ミスターXのことで責任を感じ、その後も物凄く誠意をもって対応してくださいました。
毎日にように進捗の連絡を夫にしてくれます。

が、2週間経ってもまだ許可が下りないのです。

その後数日置きに、人事部長が直接MOMへコールしてみるも

MOM「3週間以内言うてるやん、まだ経ってへんで。待ちや。」

(口調は想像)

と言われて突き放されます。

そんなやりとりをしながら、いよいよその「3週間」までも過ぎました。

さすがにもうおかしい、と人事部長がいつもより更に強めにコールを入れる。が、

MOM「待てや!こちとら忙しいんや!!!!!!」と理不尽に逆ギレされる始末。

(口調は想像②)

・・・・・・

問い合わせてその対応はないだろー。

3週間待てと言われて、過ぎたから問い合わせたんだぞーーー。

と思いましたが、もう何度問い合わせてもこの調子なのだろうと半ば諦めモード。意気消沈。

きっと担当者の割り振りによってかかる時間が違うのだろうけど、運が悪かったのかな。

結局、申請から25日後に許可が下りました。こんなにかかった人に出会ったことがないぞ。
時は既に10月下旬となりました。

事件簿 #7|入国拒否

さて、紆余曲折ありながらも何とかビザの許可が下りました。

続いては最後の難関「入国申請」です。

この頃、

  • シンガポールと日本の間でビジネス往来が再開したこと
  • 春頃に渡航延期となり待機していた日本人の赴任も徐々に増え始めたこと
  • シンガポールの感染者も1桁台に落ち着き他国からの入国も緩和されつつあること

など様々な要因が重なり、入国申請が拒否されることもある、という情報を聞きつけました。

シンガポール政府が一日の入国者数をコントロールしているのだから、枠がなくなるのはある意味当然です。

もう正直、この頃の私はここまでのハプニングの連続に慣れてきて、

  • 最高のパターンを期待してはならない
  • 簡単に人のいう事を信用してはならない

ということを心得ています。自分自身の精神安定のためです。
もし入国申請がリジェクトされても、ただ淡々と申請を繰り返そうと思いました。

案の定、2度拒否されましたが、最終的に3度目の正直で許可が下りました

申請日から1カ月先の日程までしか申請が出来ない仕組みになっているので、出来るだけ遠い日程での申請が確実なのですが、私は4週間後の日程で許可が下りました。

“たられば” はないのだけれど、もしここまでの事件が起こらず8月に申請出来ていたら、入国拒否されたり、1カ月先の渡航じゃないと難しいなんてなかっただろうに。つくづく今回は運が悪かったな!

▼申請についての詳細が知りたい方はこちらの記事もどうぞ

はーーーーーーー、長かった。10月末にようやく渡航日が決まりました。

11月半ばに渡航します。

事件簿 #8|渡航の可否は、3時間前に・・・!?

入国許可が下りた時点では、PCR検査といえば、シンガポール隔離中に1度受ければOKでした。

しかし、11月中旬から新たに「出国前72時間以内に受けたPCR検査の陰性証明書」の提出が必須となりました。ちょいと負担増。

検査自体は仕方のないことですが、問題は「結果を受け取る時間」でした。

私のフライトは木曜日、福岡(13時発)→成田(18時発)→チャンギのルート。

出国前72時間以内」なので、厳密に言えば、月曜日の18時以降に受けた検査結果が必要であるということ。

政府から認定を受けた指定医療機関での検査がマストだったのですが、福岡市内には3件。実家から行く利便性を考えると現実的なのは一択。その病院の検査受付時間は、他患者との接触を避けるためにかなり限定されていて、18時以降の検査は不可。そして、渡航前日の水曜日が定休日。更に、結果は2日後の手渡し。

つまり、

  • 火曜日:PCR検査
  • 水曜日:休診
  • 木曜日:朝結果受領→空港直行→13:00発

という以外の選択肢がなかったのです。

せめて証明書を受取りに行く前に電話かメールで検査結果だけでも教えてくれたらいいのに、それが不可。直接手渡しでの結果通知のみとのこと。

・・・出発3時間前まで、私、飛べるか分からないの???

結局当日の朝、フライト3時間前に病院にうかがい、はじめて検査結果を知り、ようやく安堵して空港に向かいました。

もし陽性だったら・・・と不安で不安で、前日は全く眠れぬ夜を過ごしました。
夫も不安だったようで、結果出たらすぐにメッセージするよう言われておりました。

3時間前まで飛べるか分からない海外渡航など、先にも後にも経験がないだろうな。

ここまでの長い道のり、もう文字通り “最後の最後まで” 落ち着きませんでした!

最後に・・・

いかがでしたでしょうか。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

夏の渡航のはずが季節は廻り、秋となり、2週間の隔離が終わるころには冬となりました。

今となっては本当に笑い話・ネタの宝庫だけれど、当時の私は全く心の余裕もなく鬱々として苦しい数カ月でした。

きっと世の中にはもっと辛い経験をした方や、今もまさに渡航できずに辛い日々を過ごしている方々もいらっしゃると思います。

少しでも未来の希望を持っていただけたら、そして一緒に笑い飛ばせる日が来たら、と願っています。

by Jun♥

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